遊女の恋愛事情

遊女は朝から晩まで自由な時間があまりなく、生き辛い人生を歩んでいました。
そこで疑問に思ったことがあるのですが、男女が関係する仕事だから男性と恋愛関係になることはあるのかということです。

現代の風俗嬢がお客と恋愛関係になることは少しながらあるということを調べましたが、江戸時代ではどうなっているのか調べてまとめてみました。

遊女の恋愛事情

現代と同じく江戸時代の遊女たちも恋愛を行っていました。一度恋愛関係となると遊女たちは惚れた男性の遊郭代を全て支払ってしまいます。

そして愛情表現も種類があり、惚れた男性の名前+命の刺青を施したり、剥がした爪や切った小指を愛の証として差し出すことやさらには足に小刀を突き刺したりと行為が激痛になればなるほど本気度が証明されていました。

これを「心中立て」といい、遊女たちは惚れた男性には言葉ではない何かしらの形で好きを証明していたのでした。

また、遊女と共に駆け落ちしようと試みる男性もいましたが、もちろんそんなことを許すはずもなく見つかってしまった場合、男性は処刑され遊女は投獄されるか最悪見せしめとして処刑されていました。

これは遊女を身請け(遊女を買うこと)できるお金がない場合に先のような行為をしてしまいました。

身請けには莫大なお金がかかるので非常に裕福な人しかできないことでしたが、生涯で2回も身請けをした人物がいました。
その人物は江戸を代表する浮世絵師の山東京伝で、身請けし2人の遊女と結婚していました。

当時では遊女と結婚することは自慢出来ることであり、元風俗嬢と結婚することに後ろめたさを感じてしまう現代と比べると遊女は男性たちにとって一種の憧れとされていたのかもしれません。

遊女と結婚できるのは「お金持ち」のみに限るので、社会的地位や身分が高い男性と見られていました。

また、新撰組の総長を務めた山南敬助も遊女と恋仲になっていました。2人がどのようにして恋仲になったのか具体的にはわかりませんが、格子戸の別れは有名で2人が本気で愛しあっていたことがわかります。

まとめ

恋愛はしても決して実る可能性がわかっていたとしても恋愛をしてしまった遊女たちを考えてしまうと特別な関係になった男性と会うことで日々の辛さから現実逃避したかったのではないかと思ってしまいます。

もしくはルーティンな毎日に新たな刺激を求めていたのかもしれません。

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